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(後編)羅患後、35歳で妊娠&出産そして片乳育児…激動の日々

HEALTH 2018.01.25
(後編)羅患後、35歳で妊娠&出産そして片乳育児…激動の日々

32歳で乳がんに羅患後、35歳で妊娠&出産した相川春香さん(仮名・37)のインタビュー後半。今回は妊娠&出産、片乳育児といった激動の日々を語っていただきました。

「とにかく用心」だった妊娠中の日々

ステージゼロの非浸潤がんに羅患した春香さんは、2013年の夏に片方の胸を全摘。そして術後2年経った2015年の夏に妊娠した。治療中に妊娠するのはかなりリスクを負うことになる。そこを乗り越えての妊娠と出産は、さぞ勇気がいったのではないだろうか。

 そう聞くと、春香さんは「私って楽観主義なところがあるので、そこまで出産が危険なこととは思ってなかったんですね」と苦笑する。

「運良く授かることができて喜んでいたのですが、担当の先生やがんサバイバーの友人からは、とても心配されました。だいたいの人って『妊娠しました』となったら手放しで祝福されるじゃないですか。でも私の場合はとにかく『気をつけてね、用心してね』って。それでやっとのんきだった私も『そうか、気をつけなきゃなんだな』って気を引き締めて(笑)」

乳がんは女性ホルモンの変化に左右される病気だ。そして、妊娠に伴い女性ホルモンはかなり変化する。それゆえ担当の医師は春香さんに頻繁に検診を受けるように要請。妊娠中はマンモグラフィができないため、エコーを2回受けたり、数値を見たりしながら用心して過ごしていたという。

乳首がすりきれた片乳育児

そしてぶじ出産を乗り越え、春香さんは男児の母となった。

「状況が状況なのでミルクだけでいいかなって思ってたんです。でも母乳が出やすい胸だったので、ちょっと飲ませてみるかって試してみたら、うまく飲んでくれて。足りなさそうな時はミルクも加えたりして混合で進めました」

 同じほうのおっぱいをずっと吸わせるため乳首が擦り切れたり、偏った体勢で体のバランスを崩すなどのマイナートラブルはあったものの、母乳育児はすこぶる順調。現在、1歳半を超えた息子さんは「おっぱいが大好きな子に育って。そろそろ卒乳してほしいなって思うくらい(笑)」という状態なんだとか。現在は育休を終え、子どもを保育園に預けながら職場復帰を果たしている。

母となったことで、心境の変化もあったという。

「子どもが生まれたら、絶対に死ねないっていう思いと、私が死んだとしても夫と子どもが自立して生きていけるようにしとかなきゃいけないっていう相反する気持ちが生まれました。

絶対に死ねないって思うけど、何がどうなるかなんて分からないじゃないですか。だから、もし自分がいなくなった時にあたふたさせることがないようにしとかなきゃなって。『はなちゃんのみそ汁』という本があって、お母さんががんで亡くなる前に、ちゃんと娘が生きていけるようにお味噌汁の作り方を教えたって内容なんですけど。そんな風に、生活において絶対大事なものを伝えていかなきゃいけないなあって」

身体の傷は勲章

そして春香さんは、今回インタビューを受けた理由について「情報を知る、ということが大切だと身をもって体験したからなんです」と語った。

「前にこちらのサイトで乳がんインタビューを受けた方が『誰かの役に立ちたいとか、ポジティブな気持ちが強くなった』といったことを仰ってましたけど、それは私もすごくあるんです。でも私の体験ってあくまで一例で。病状や改善の方法は本当に人ぞれぞれなものだというのが実感としてあります。皆さんそれぞれに合う方法が絶対あるし、選択肢は1つでは無い。だから“私はこうしたから健康になって出産しました”っていうような伝え方はしたくないというのがあって」

 それを踏まえた上で、春香さんは初めて乳がんになった時の自分の心境を振り返り、やはり自らの体験を言葉にしようと思ったと語る。

「私、昔から何か壁にぶつかったりすると、やっぱりめちゃくちゃ調べるんです。初めて乳がんの疑いがあるって知った時は、情報が沢山ありすぎて困ったこともあったんですけど。今思えば、その時に知ってたほうが良かった情報にちゃんと出会えていたなって。だから私のした体験がどなたかの役に立つなら伝えていきたいんです」

 最後に春香さんは、まだ小さい息子が大きくなった時のことを今から考えている、と微笑んだ。

「息子が物が分かるようになってきた時に、お風呂に一緒に入って、きっといろいろと説明をしなきゃいけない時が来る。その時に何て言おうかな、っていうのは考え中です。あと私、息子を緊急帝王切開で産んだんですけど、傷あとが軽くケロイドみたいになってたり、鏡を見るとわりと傷だらけなんですよ(笑)。

でもそれも勲章として生きていこうって思ってます」

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